私はセルダンだ! 諸君がこのページにたどり着いたということは、おそらくつぎの三通りの解があったということだ。一つ目は日誌のリンクを使う方法で、「どんぞこ日誌」をみている人ならば比較的容易にたどりつける。二つ目はトップページから雑文のリンクを経由してだ。この解は偶然リンク先をクリックして踏み込んでしまった可能性が高い! そして最後の解は、「吐夢×世良 小説」などのキーワードで検索エンジンから来るというものだ。
さて、多くの人はここまで読むことなく、ブラウザの戻るボタンで去っていったか、ブラウザを閉じてしまったことだろう。そしてここまで読んでしまった人にとってその結果は、ああ! 非常に残念ながらこのサイトにそのような類の小説は存在しなかったのだ。
しかし私はこの点も考慮した。来るべき時代が現れるまでの間、第三の解をたどって来た人々のために、この銀河の果てに「吐夢×世良」な小説をとりあえず用意したのだ。しかしこの小説に期待していはいけない。それは人類にとってあまりにも痛ましく、おぞましいからだ。だがそれでもなお一縷の望みをかける人たちのために、ここから下の文は残しておこう!
それから最後に一つ言っておきたい。サイトの管理人はコンテンツの一部で世良の「ら」の字を「羅」と間違えて記していた。そのため、吐夢×世羅でこのサイトが上位に来てしまったのだ!
2004年3月21日 鍼・セルダン@時間ユンピョウ
お日様、お日様 今日もかんかん照りつける 空は大きな…… 空は大きな…… 大きな……
「……おい」
みかん、ふてくされてるだろな。僕は空っぽのポケットをまさぐりながら、留守番をしているみかんのことを思った。
「おーい、吐夢」
僕ははっとして世良の方を向いた。世良の不機嫌そうな顔がこっちをのぞいている。昼間は人通りの少ないこの道に、僕と世良の二人だけがいた。
「相変わらずぼーっとしてるのな」
「え? あ、ごめん。なに?」
「お前さあ、空飛ぶペンギンの話って知ってったけ?」
ペンギン? なんでペンギンの話になったんだろう。さっき一つ目の柱を過ぎた時には、みかんの話だったのに。昨日からみかんが夏バテして、今日も暑くて、それで…… うん、そうだ。きっと何か悪巧みをしているんだ。だって僕をみている世良は、いまさっきの不機嫌そうな顔じゃなくて、僕をからかおうとしているときの顔だもの。いつもいつもそうなんだ。きっとそうなんだ。
「ええ、何言ってるの世良。ペンギンは空を飛べないんだよ。前の学校で習わなかったの?」
それでも僕は真面目に応えてしまう。このとき僕らはもう五本目の電柱に差し掛かっていた。世良がふぅ、と息を吐いた。見上げると、コンクリートの柱に貼られた迷子犬のポスターは、黄ばんで下半分が破れていた。さんさんと輝くお日様が、僕の視界に入ってきてまぶしい。日差しを避けて帽子を深々とかぶる郵便屋さんの自転車が、僕らを追い越していった。
「ばぁか。ペンギンが空を飛べないことぐらい知ってらぁ。俺がいってるのは『空飛ぶペンギン』」
世良は癖毛をお日様の光でキラキラさせながら、さもあきれたような口振りでいう。僕の方を向いている世良の目は、猫が遠くから狙った獲物をみるときの目だった。こんなふうに意地悪そうに微笑んでいる世良は、やっぱり僕をからかうときの世良なんだ。
「知らない。何それ」
そう、僕は少しだけ興味が湧いてきた。ひょっとして……どこかで発見されたのかな? 実は僕の知らないだけで、どこかに飛ぶペンギンはいるのかも。……それとも、それとも。
「さあ、俺も知らない」
僕の淡い期待をあっさり裏切って、世良はすました顔でそういった。
「ええ!? じゃ、なんでそんなこと聞くのさ」
「別に。空飛ぶペンギンの話を知ってるかどうか聞いただけじゃん。俺が知ってるなんて、いついったよ?」
「だってだって、世良が『知ってるか?』って聞いたんだよ。当然世良は知ってるって思うにきまってるじゃん」
僕はむきになって世良にいってやった。きっと僕の声は少しうわずってたね。
「ふーん、そういうもんなんだ」
世良はにやにやしながら正面を向く。こんなやりとりになっちゃうのはわかていたんだ。そして次に僕がいう言葉も、いつもと変わらなかった。
「もう、世良はいっつもそうやってつまらないこと聞くんだから……」
だけど、世良は僕の文句なんて聞いていない。前を向いた世良は遠くをみつめてる。僕も、ちらりと前の方をうかがった。長い道なりに、まばらに植えられたサツキの木。15cm定規の目盛りのように並んだ電信柱。その先には、毎日ふたりして通る紫色のアーチが架かっていた。
僕はもう一度、世良の方に目を向けた。さっきの、獲物を狙うのとは違う世良。アーチのもっと先、どこまでも遠くをみつめる世良。長い睫毛と、お日様で輝く瞳をみてしまうと、僕はもう文句をいう気も失ってしまった。
こんなときの世良は、本当にみかんに似ているね。時折みせる、どこをみているのか分からないみかんの仕草。きっとずっとずっと遠く、あの空よりも遠いところをみてるに違いないんだ。世良はそれに似ている。風も吹いていないのに、世良の睫毛はそよそよと揺れているように僕には思えた。もしかしたら、猫のしっぽのように世良自身がゆらゆらさせていたのかもしれない。そして僕は、ただそれをずっとみてるんだ。
「何じろじろみてんだ、吐夢?」
僕がじっとみていることに、世良が気付いて聞いた。
「え、あ、別に」
今度は僕が慌てて正面を向く。
「俺の顔に何か付いているのか?」
「別に。そんなんじゃないよ」
僕はほんの少しだけ早歩きになりながら、そう答えた。
「いーや、お前の顔はそういっている」
そういうと世良は僕の背中に自分の顔をぐりぐりと押しつけてきた。Tシャツが下へと引っ張られて肩が窮屈になる。世良の体温がじわじわと背中に伝わってくる。さっきの郵便やさんが戻ってきて、僕らの前を通り過ぎた。自転車をこぐおじさんは横目で僕らをみて、笑っていた。
「世良、暑っ苦しいよぉ」
「俺は別に暑くない」
「もう、世良は暑くなくても、僕が暑いんだよ」
僕がいやいやをすると、やっと世良は顔を背中から離してくれた。ところが今度は両腕を僕の首にまわしてきたんだ。そして世良の両腕は僕の胸の辺りでがっしりと組まれてしまった。今はぴったりと世良の体が僕の背中全体にのしかかってる。
「世良ぁ、重いよぉ」
「俺は別に重くないぞ」
さっきよりもいっそう世良の体温が背中いっぱいに広がっていった。髪先から一滴の汗が宙を舞い、睫毛の原に着地した。拭おうと思ったけれども、世良を引きずってよろよろ歩く僕はそのタイミングを逃しちゃったよ。しみる目をしばしばさせながら、僕は七本目の、灰色した柱を足下にみた。
「もう、世良重いよ、暑いよ、離れてよ! 離れないと僕怒るよ」
世良はふうん、と気のない返事をした。世良の顔は見えないけれども、やれるもんならやってごらんって顔をしているはずなんだ。よし、次の電柱のところに行ってもまだ離れてくれないなら怒ろう。そうしよう。
相変わらず世良を引きずりながら、僕はヨタヨタしていた。また汗が一滴、睫毛へとかかった。僕はそれを拭おうともしなかった。左手にみえる原っぱの草木がさっと音を立ててざわめいた。ひとつの風が僕らを通りすぎようとしていた。夏の日差しのなかをそよぐ風は、背中が暑い分だけ、僕の顔を涼しくしてくれた。僕は心地よさに目を閉じる。世良は僕の右肩に頭を預けて、どこかで聞いたことのある鼻歌をうたっていた。
さあ、八本目だ。怒らなくちゃ。みかんが悪戯をしたときに叱るような要領で。「せ・ら」と最初の一言を。そのとき、ふいに世良が僕の耳元で囁いた。
「なあ、吐夢」
世良は僕の肩の上で、そっぽをむいた格好でいる。その声は、社の雑木林でどこからともなく「クスクスクス」と聞こえてくる、あの鳥の鳴き声のようだった。急に神妙な調子になるもんだから、僕は拍子抜けしたよ。次に世良がなんていうのかを待っているうちに、僕は怒るのを忘れてしまった。
「……吐夢」
「な、何?」
「誰かとキスしたいか?」
えっ? 僕は世良が何をいってるのかわからなかった。世良は体重をかけるのを少し加減した。僕はその場にたちつくしてしまった。いや、たちつくしたような気がしただけなんだ。世良の右手があたっている部分が、熱い。
「な、なんでそんなこと聞くの?」
僕は聞き返した。カラカラになった雑巾を、それでも最後にもう一度絞るときのような思いだった。けれどもそんなことよりも、そのとき杏子ちゃんの顔が浮かんできたんだ!
「あ、吐夢、お前今、杏子のこと考えたただろ」
まだ僕の肩に頭を乗せている世良は、今度は僕の方を向いていた。だけど世良の顔はみえなかったし、その口調からは、世良がどんな顔をしてそういったのか、さっぱりわからない。僕はこのときはもう、恥ずかしくて、さっきよりも全然比べものにならないぐらい体が熱くなった。三滴目と四滴目の汗が僕の頬にすじをつけて流れた。
「せ、世良はどうなんだよ。それより何でそんなこと聞くんだよ」
僕は話を逸らしたくて、かなりあせってたと思う。日に焼けた世良の手に覆われた左胸は、鐘を鳴らしていた。だけど世良はこっちの事情なんて全然気にしない。
「あー? うーん、何となく。何となくだな……」
世良はそれだけ言って黙ってしまった。赤さびで汚れた立て看板の前で、時間が流れた。世良は黙っている。僕も黙っている。だから、僕は自分の耳の付け根がドク、ドクっと鳴っているのがわかったよ。それから、ゴクっと唾を飲み込んだ。もう一度、風が僕らの前を駆けていった。
通り過ぎる風の中で、僕は思った。世良は誰とキスしたいんだろう。この間会った翠葉ちゃんなのかな。僕とそっくりの顔をした、あの女の子。でも翠葉ちゃんは遠くへいっちゃったんだ。世良は誰と……
そのとき、僕はクラスの連中が、世良は僕のことが好きなんだっていうのを思い出した。翠葉ちゃんとそっくりな僕……。それから僕は、今度は背中にぴったりとくっついている世良の鼓動が伝わってきていることに気が付いた。ド、ド、ド…… それはとても速くて、力強かった。世良の静かな吐息が僕の首に吹きかかる。なぜだか僕の体はさらに1、2度上がったような気がしたよ。
「あ、あのさ…… 世良は……」
僕はもう少しで最後まで言いそうになった。ドッ、ドッと鐘を鳴らす僕の左胸は、今にもその鐘を叩くばちがどこかへ飛んでいってしまいそうだった。だけど突然世良は組んでいた腕を解いて、僕からさっと離れた。背中に夏の空気が流れ込んだ。それはきっと、べっとりと僕にからみついてきたはずだけども、今の僕には涼しくて気持ちのいいものだった。左胸はまだ鐘を鳴らしていた。風はもう吹いていない。
「おい、みてみろよ吐夢。水たまりに雲が写ってるぞ! ほら、水たまりの中を雲が泳いでらあ」
突然、世良は僕がお母さんお父さんと時々行く、小さなレストランの方を指さした。店の人が水をまきすぎたのか、白地に煉瓦模様の壁の前には大きな水たまりが出来ていた。水面にはキラキラとお日様が輝いていた。それは世良の癖毛を輝かしてた、あのキラキラとおんなじだった。あんまり綺麗なものだから、僕は顔がほころんだ。
お日様、お日様 今日もかんかん照りつける 空は大きな水たまり 雲がぷかぷか水遊び 僕らも一緒に水遊び……
「何にやにやしてんだよ」
世良が怪訝そうに僕の顔をのぞき込む。
「別に、何でもない。何でもないよ」
僕が真面目に答えないので、世良はムッとしたようだった。それから何か思いだしたように世良はポーチからティッシュでくるまった包みを取り出した。
「やる。みかんに」
包みを開いてみると、マタタビの実が二つ、ちょこんと座っていた。夏バテしてるみかんに、マタタビを楽しむ元気があるかはわからなかったけれども。
「ありがとう。みかん喜ぶよ!」
僕はその包みをポケットにそっとしまった。それから九本目の、最後の柱を越えて、アーチへ向かって駆けだした。今度は僕が風を切った。世良はきっと追いかけてくる。世良の考えていることはたいがいさっぱりわからない。けれども世良が僕の後を駆けてきてくれることだけは、十分すぎるくらいわかっていた。
水たまりの空では ペンギンたちが気持ちよさそうに飛んでいた。
え? どの辺が「吐夢×世良」なのかって?
だから、期待してはいけないといったでしょう。行間のさらに行間の、そのまた先に幸いあると人のいうそうですから、その辺りにもしかしたら「吐夢×世良」の余地があるのかもしれません。そんなわけで、ここから先は貴方の力で「吐夢×世良」へともっていってください。ではこれにて!
いやほんとに、安孫子先生ごめんなさい。